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南アルプス・サバイバル登山(4)

やがて道を失い、沢へと道が沈む場所までくるとぼくらは登山靴で歩くのを諦めて沢の装備をザックから取り出し、それを身につけた。

いよいよ遡行開始である。

もちろん、竿はいつでもすぐに出せる状況にしておく。

そして、入渓。

大きな水を押し出しながら流れていく沢のなかを、巨岩を伝ったり沢のわきを歩いたりしながら進んでいく。

と、すぐにまた道らしきものが現れてしまった。

まあ、歩きやすいところを歩くのが沢登りの醍醐味だよねー。ということであまり気にしない。

途中、イワナのひそんでいそうなポイントでしつこく糸をたらすが、反応はなし。

明らかに魚影のあった場所でもイワナは警戒をしてぼくらのワナにはひっかかってこなかった。

やはり、イワナ入手への道は険しいのだろうか…。

それから先は納竿として予定のビバークポイントまで急ぎ、そこでひたすら釣りをすることにした。

なかなか釣れない…。

この沢にはイワナはいないのではないか…。

しかし、思いもかけない幸運は突如として訪れた。

釣りを始めてから2時間は経とうかという時にN隊員が「たまたま」イワナを釣り上げてしまったのだ。

彼は釣り竿を岩に置き、まったく諦めていたのだ。

なのに、納竿しようとして糸を引っ張ったら魚がくっついてきたのだという。

N隊員、人生初のイワナを釣る。

いや、まったくのラッキーのようだから、釣った、というのは適当な表現ではない気がするが。

そして、それからすぐにY隊員も同じポイントでイワナを釣り上げ、そのウワサをきいたぼくもそのポイントで粘った。

すると、やはり、釣れたのだ。

ついに、ついにサバイバル登山3年めにして、ついに1人1匹イワナが食べられるという快挙を成し遂げることができたのだ!

その後、このポイントはぼくらの中で「神ポイント」として活動中ずっと語り継がれるのであった。

ビバークポントの近くには小さな流れがあり、その流れはとても冷たい流れであった。

焚き火を組んでいる場所からはすこし離れるが、すぐ近くの本流よりずっと冷たいその流れは飲み物を冷やすのにうってつけだった。

本当ならば重いので初日に開けるのがセオリーの缶ビールをぼくはこの日に開けることに決めていた。

他の2人に気付かれないように一番水温が低い場所にビールを潜ませ、3匹のイワナと共に乾杯をした。

じっくりと焼かれていくイワナたち。

時々雨がぱらつき、下流を眺めると荒々しい雷光が何度も何度も光っていた。

この日にだけはゲリラ豪雨は勘弁してほしい、と真上の空を見上げると、
こちらには天の川が永遠の流れにきらめく星々を抱擁していた。

やがてコンガリと焼けたイワナの香りが漂い、夕食の時間になる。

サバイバル生活で十分な食料の採れた日は夕食の時間ほど贅沢な瞬間は他にない。

しかも深く深い山の中。

天に昇っていく焚き火の炎と、その先にある宇宙の空。

そして沢のささやき。

都会の蛍光灯の下で食べる料理ももちろんそれはそれでおいしいが、今食べている粗末な料理に、どんな有能な料理人でも作れない味がするのは、この環境のおかげだろう。

やはり、沢の夜はついつい夜更かしをしてしまう。

満天の星空の下、焚き火を囲んでつまらない話をおもしろくする時間が何よりも愛おしい時間なのだ。

(つづく)