南アルプス・サバイバル登山(5)

(5) 9月5日
 空がすっきりと晴れすぎていたからだろうか。
地上の気温はぐんと下がり、ぼくらは真っ青な空の下、
震えながらシュラフから這い出て急いで焚き火を起こしなおした。

今回の旅は朝はゆっくりと過ごすことに決めていた。
だから、この日もぼくらはゆっくりとコーヒーをすすり、体が体温を取り戻したころに行動を開始した。
といっても、昨日の「神ポイント」で釣りをする、というのが最初の行動だが。

夕まずめ、朝まずめ、という言葉がある。
釣りの基本は魚の食事の時間に合わせて糸を垂らすということを示している言葉だと認識している。
イワナもいくら貪欲だと言われていようが腹の空いていない時間には
食事をする気にはなかなかならないだろう。
そこで、昨日の夕方に釣れたのだから、
朝にも釣れるだろうという目論見で同じポイントに糸を垂らしたのだった。

思い思いの仕掛けを準備して釣りをする三人組。
あまりの平和さに、ここで天候の急変や事故があった場合、いかに山奥であるのかを忘れてしまう朝だった。

 やがていつまで経ってもイワナが引っ掛からないので出発とした。
竿を出しながら各ポイントに糸を垂らしていけばおそらく釣れるだろう。
昨日の成功のおかげでぼくたちは妙な自信を得ていた。

 この日の朝の渓観はいかにも奥地の沢らしいものだった。
いままでの大きな川幅とはうってかわり可愛らしい、箱庭のような森のなかを進んでいるかのようだった。
そのぶん、午前の早いうちには谷まで光が届かず影が多く肌寒さを感じたが、
やがて太陽が頭上からその刺激的な光を照らし始めるようになると、
その箱庭は画竜点睛され、ひときわ美しく生き生きとした。
特にすでに秋めいている山に遅ればせて萌え出した緑色の草に透き通る陽光には、幼い可愛らしさを感じた。

 1人が1つのポイントで釣りをしている間にもう2人はさらに先のポイントに行き、
最後の1人も先に進んで釣りをしながら進むという方法をとっていると、
暖かい陽気と渓流釣りの楽しさが相まってなかなか進むことができなかったが、
この山行ではおそらくもっとも充実した一日だったと思う。

この日は積極的に竿を出しながら遡行した。
片手に長い竿を持っているとはっきり言って歩きづらい。

昼近くになってもイワナが釣れないのでやや自信を失いかけているとき、
竿を納めて後続のY隊員を振り返るとその手には良型のイワナが握られていた。
この男、クールに仕事をやってくれる。
さらにイワナの数はその後もう1匹増え、ぼくも1匹釣り上げることができた。
合計で3匹。時間も迫っている。
1匹も釣り上げられなかったN隊員には気の毒だが、ここから先はやや速度を上げて進んでいくことにした。

さすがに源流らしくなってきた。

 速度を増すとそれに合わせてか渓相はつぎつぎに変化を見せていった。
さっきまでの箱庭のような渓相を期待していたのがやがて険しいゴルジュ状の地形を見せはじめ、
しまいには7、8メートルほどの滝を捲き登るハメになってしまった。

予想をしていなかった難所。

とはいえ、ロープを出すような箇所ではないが。
そもそも当初はロープもハーネスも要らないんじゃないか、という考えで来ていたので、
簡単に対処できるとはいえ難所が出るとやっぱり驚きはある。
ちなみにこの沢の難所は最上流部、源頭までのツメを別にすればこの滝の部分だけであった。

 「ひょっとしてここが魚止めだろうか…」

 と心配したが、もうイワナは3人分用意してあったのであまり欲は出さないことにし、
自分のなかでは勝手に(この沢にしては)大きな滝を岸壁の上から眺めた時に、
この先にはイワナはいないと判断していた。
(その後、さらに上流部にまでイワナが生息していることが発覚したのだが)

現れてしまった大滝。
こんなのどうやってイワナは這い上がるんだろう。

 たいていの沢では難所を越えると渓観が大きく変化していくものである。
その変化は早い場合もあればゆったりとしたものである場合もあり、また明らさまに変化していく場合もある。
この沢の場合、渓観はあからさまに変化していった。
なぜなら、この滝を越えてしばらく遡行した先には荒野のような伏流地帯が待っていたからだ。

 とてもさっきまで美しい沢にいたとは思えないほどの荒地が広がっていた。
川幅はいっきに広がり、数100メートルも先まで一気に視線が届いてしまう。
なんて沢だ、と思うと同時に、
遡行者に遡行図を作る気を起こさせなかったあまりにも長大すぎるこの沢のスケールに参ってしまった。

そして感謝してしまった。
なぜなら、いつもは遡行図や豊富な記録によって
ある程度どんな沢なのかをわかった上で遡行を楽しんでいたからだ。

しかし、今はほとんど記録のない場所に地形図といままでの経験だけを頼りに沢を歩いている。
この先どうなるかは一向にわからない。
もしかしたらもう一度くらい、難所があるのかもしれない。
信じられないイーハトヴがあるかもしれない。
あまりにも変化の激しすぎる渓相はぼくにこれから先の楽しみを十分に与えてくれた。

(つづく)

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