南アルプス・サバイバル登山(7)

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9月6日
 この日は計画のなかでもっとも行程の長い日だ。
今までゆったりと過ごしていた朝だが、この日ばかりは早急に行動を始めなければならない。
5時に目を覚ますとあたりはまだ薄暗いが、その分沢の水は神秘的な光を映していた。

ビバークポイントの片付けは1時間で急いで済まし、食事も簡単に済ませた。
朝の沢の水はずいぶんと冷たいが、空はすっきりと晴れ渡っている。
昼頃になれば暑さも案じてくるだろう。

快適な河原の宿を後にすると、沢はすっかり源頭の様相となってきた。
ここまで登り詰めてくると、さすがに森の中というよりは岩に囲まれた印象を受ける。
自分たちの周囲の色が緑色から灰色になってきたのだ。
こうなるとやや情緒が薄くなってくるが、
やはり、頂上に近づいているのだという感覚はそれに比例して増してきて嫌が応でもワクワクしてくる。
東京を経って4日め。
ようやくこの旅の最初のピークが近づいてきているのだ。

 塩見岳に直接突き上げる塩見沢に入る手前、
先頭を歩いていたY隊員がなにやら水の中の岩に手を突っ込んで考え込んでいる。
イワナを発見したらしい。
なんと、ここまで登ってきてもなおイワナが生活しているとは。
昨日見た大滝の上にはイワナはいないと踏んでいたが、
昔の人の放流の影響だろうか、ずいぶんと沢の水が冷たくなってきた場所にもイワナは元気だった。

 とはいえ、これから塩見岳まで行き、更にその反対側にある南荒川へ下っていく
予定のぼくたちにイワナを捕まえようと努力する時間などまったく無い。
惜しい気持ちは多々あったが、とにもかくにも先を急ぐことにした。

透明度を一層増した源流の中を登っていく。
水量はぐんと減ってきたが、それでも腰までつかるくらいの釜は結構多い。
やがてぼくたちは右手に支流を発見した。目的の塩見沢だ。

 ここから先、沢は一気に傾斜を増し、同時に今までの川のイメージとは一気に離れていく。
塩見沢は滝の連続が形作る沢に近い渓相を持っていた。
傾斜はきつくてもこのお陰で高度をぐんと稼げるのは嬉しい。
時間もたっぷりとあるわけではないし、ぼくたちは駆けるようにして沢を登って行った。

ふと後ろを振り返ればそこには大きな空が見える。
いままでずっと渓谷の中から空を覗き込むように這いながら進んできた者にとって、久しぶりの光景だった。
まるで、空を見下ろしているような、そんな感覚にすらとらわれるほどの新鮮さだった。

沢筋の広い下部はうまく登りやすい場所を見つけながら登っていった。
だが、そんな登り方が頂上までずっと続いてくれるはずはなかった。
いくつかの支流を分けると早くも沢筋はぐんと狭まり、
横から巻こうにも面倒くさい滝が連続して現れるようになってきたのだ。

足場のほとんどない滝。
これは面倒くさい。

久しぶりの滝登り。
最初のうちは登るのも巻くのも面倒くさいが、まあ、たまには滝も登ってしまおう、
と思いながら登っていたが、意外と足場がない滝が多く、思いのほか難儀な登攀がつづくと気分は萎えてくる。
似たようなつるつるに近い壁を持った2、3mの滝を4つほど越え、
最後の滝は木を伝いながら難儀に巻くとようやく水が絶え絶えになってきた。

 背後には、いよいよアルプスらしい高度感を感じさせる光景が広がり、
それは登るにつれて絵の幅を広げていった。
やがて沢は岩だらけの谷へと変化していった。
傾斜はますますきつくなってくる。

振り向くと今まで登ってきた沢と、
そして、アルプスの山々が目に飛び込んできたのだ。

谷が終わりに近づくとぼくたちは尾根に向かって登り詰めていく。
緑色のハイマツが目立ってきた。

ハイマツが多くなってくると足元は一歩進める度にザラザラと礫を落とす不安定な斜面になっていた。
中には人の頭くらいの大きさの岩もある。
落石を起こさないように、また、前の人が起こした落石に巻き込まれないように慎重に登って行った。
おそらくこの危険な斜面のゴールと思われる場所はずっと目に入っていたが、
どんどん崩れていく斜面を這いつくばるように登っていくぼくたちにはぞれはずいぶん遠い場所だった。

早くこの危険地帯を去りたい。
早くあのハイマツにしがみつきながら登っていきたい。
そう考えながら登っている頭上の空はずいぶんいい陽気だった。
ああ、午後になって山が雲に覆われる前に頂上に着きたい。
そう思うと一層体に力が入ってきたが、
それでもこの斜面を攻略するのにはやはり、時間がたっぷりとかかったように思う。

(つづく)

撮影機材:OLYMPUS E-3 + Zuiko digital ED 12-60mm f 2.8-4.0 SWD

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