屋久島紀行(5) -ブームに見える隙とは-

-ブームに見える隙とは-

11月の平日でもラッシュ時には何十人もの観光客が登ってくる。
そのツアー費用は決して安くはない。


 憧れを強く持ちすぎてしまっていたのだろうか。
自然ブームなど一つの流行に過ぎないと言い切ることもできる気がした。

 今、「自然」に関心を持った多くの人々が自然を見るために山の中に入っていく。
しかし、その自然の多くは自然であって自然でない。

つまり、自然を壊してできた道が続いている「不自然」なのだと言い切ることができると思う。
本当に道のないヤブの中や雪山、沢登りなどの自然との関わり方と、
自然ブームに乗っ取った観光ツアーや観光客の自然との関わり方…。

確かに本当の自然の中に行くには大変なエネルギーが必要だし、特別な訓練も必要だ。
だから誰でも行ける場所ではないからこそ、そこには真の自然が残っている。

 不自然な道を歩いて、“自然を大切にしよう・自然は偉大だ”と
本当に心の底から思うことができるのだろうか。

たとえ思えたとしても、それほど印象に残らないのではないだろうか。
何でも苦労して達成した方が印象に残るということは、皆、意識せずとも学習してきていると思う。

それに、本当に自然の大切さを学んだ人々が
ヤクスギの根を踏み荒らすのだろうか。
森の中にゴミを残すのだろうか。

全員が全員そんなことをしているわけではないにしろ、
そこには明らかにブームに乗っ取ったスキが見え隠れしている。

 だから、ぼくが木道がなくなった奥まで進んだときは心が穏やかになっていた。
そこにも大勢の人が入って手を加えられているから
本当の意味で原生な自然ではないのはわかっているが、
それでも木道がなくなり、人がすっかりいなくなるとゆっくりと屋久島の森を楽しむことができた。

(つづく)

撮影機材:OLYMPUS E-3 + ZUIKO Digital ED 12-60mm f 2.8-4.0 SWD

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