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コロナ時代こそ、内向型人間が活躍する時代だ。

緊急事態宣言が延長された。仮に5月末まで続いた場合、緊急事態宣言は2ヶ月続くと言うことになる。

巷にはコロナ疲れや、自粛疲れといった言葉が散見されるようになったが、これは決してすべての人に当てはまると言うわけではない。

この世の中は外向的な人が良いとされており、外向的な人のために作られている。

外向的な人は外で人に会ったり話をしたりすることによってエネルギーを得ることができるが、反対に内向的な人々は自分と話すことによってエネルギーを得ることができると言う特徴がある。

こうした内向的な人たちにとって、コロナによる社会の変化は歓迎的なはずだ。

特に日本社会では、人付き合いや空気を読むといったことが要求される。だが、新型コロナウィルスの感染拡大によって人々が合うことを避けるように社会が変化していった。

かく言う僕もそうした内向的な人間の1人だ。もともと内向的だったので、家で引きこもっていることに何のストレスも感じない。

仕事に関しても、もともと10年近くリモートワークをしているから仕事がしづらいといったこともない。

自粛が広まったことにより、苦手だった人付き合いも自然となくなり、実に平穏な日々を過ごしている。

この社会は外向的な人が評価されるようにできているが、このように外で人に会うことができないような状況では、内向的な人の強みが出てくる。

外向的な人が必要な社会といっても、それは内向的な人がいることによってバランスを取ることができているからだ。

今回の社会変容によって、内向的な人が活躍できる場が増えると良いと思う。

それ自身が、世の中にとって良いことかどうかわからないが、少なくとも今まで居場所を失っていた内向的な人たちにとっては居場所を得ることができるきっかけとなるはずだ。

小説「ツィス」では障害者が健常者になった

先日、広瀬正の「ツィス」というSF小説を読んだ。

この小説は、原因不明の音が発生し、それによって社会が変わっていく様子を描いているのだが、そこに耳が聞こえない人物が登場する。

小説の中では謎の音が日に日に増して大きくなっていくことによって、正常な聴覚を持っている人はだんだんと日常生活に支障をきたすようになってくる。

それによって、人々は耳栓をして出歩くことが当たり前になり、交通事故を避けるために政府は車の最高速度15キロにまで制限する。

テレビの音も聞こえなくなってしまい、ほとんどの番組に字幕スーパーが付くようになる。

こうした変化は、耳の聞こえない彼にとっては住みやすい社会に変容していっているというシーンがあるのだ。

災害や、感染症の拡大による社会の変化は、痛みを伴うものだが、捉え方によってはこれまでなあなあで行われてきた数々の無駄な習慣や、もしくは新しくより良い習慣を生み出すきっかけとなっていくことを分かりやすく描いているシーンといえよう。

この小説と現在の状況は非常に似通っており大変興味深いのだが、特にこのようにこれまで社会的弱者だった人が、逆に強みを持つような変化を起こすと言う事は特に興味深い。

世の中は、外向的で明るくて人とおしゃべりするのが好きな人がもてはやされる。だが、そういった人々は外からしかエネルギーを得ることができないため、このような状況になると非常に弱い立場になる。

一方で、内向的な人は1人だけの世界であれこれと考えを巡らしエネルギーを作ることができる。

外向的な人が野生動物だとすれば、内向的な人は1カ所にとどまり自分で栄養を作る野生植物だと言い換えることもできるかもしれない。

現在の状況をよしとするわけではないが、物事には常に表と裏がある。

内向型の人は気後れする必要はない

もし、内向的なので「飲み会が減ってよかった」とか、「人との付き合いが減ってよかった」と安心している僕と同じような内向的な人がいたら、遠慮せずにそれはそれで喜べばいいと思う。

あなたたちは、こういった状況でもいつもと同じペースで生活を送ることができるのだから、それはあなたにとっての強みだと胸を張って良いのだ。