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トカラ列島・中之島紀行記(3)

(3)

 家に戻った後、やはりインスタントラーメンを食べてゆっくりとしてからようやく農園へ。
途中でYさんと同様、鹿児島で噂を聞いていたIターン者である農大OGのSさんに会う。
結構若いのに変わった方で、郵便局の仕事をしながらトカラ馬の世話をしているらしい。
今度鹿児島大学にいるトカラ馬をもらうので、そのためにどこかの山を開拓しているとのこと。

 さて、Tさんは村から広い土地を借りているので、自ら開拓をして農地を広げていた。
そこではタンカンやパパイヤ、島バナナなどを栽培していたが、
農園というよりはほとんど自然のままであった。
事実、手入れはほとんど必要ないらしい。

更に、そこは農園だけに利用しているわけではなかった。
原生林をうまく利用して自然公園を作りたい、ガジュマルなんかは自然のジャングルジムになる、と言っていた。確かに森林学者に見せたらビックリしてしまうような巨樹や多種多様な植物が繁茂している。
わざわざ植物を植えるまでもなく立派な公園になりそうだ。

また、廃屋のリフォームや、ガジュマルを利用したスカイデッキの製作途中の様子も見せてくれた。
ガジュマルの曲がった部分にスギの木を寝かせて素材をそのまま活かしている様子に関心。
いずれは廃屋を中心に全てのスカイデッキに橋をかけたいとのことだった。
Tさんは私に様々な説明をしながら大きなキクラゲをとっていた。

 そうした話を聞いた後、農園で「日陰だからあまり甘くならないんだ」と言いながらとってくれた
タンカンを食べながら果樹や巨大なクワズイモに見入る。
すると遠くで「おい!」と呼ぶ声がした。
農道にもなっていない踏み跡をたどっていくと何やら焦っている様子のTさんがいる。
まだ何も植えてはいないが、自分の農地にヤギが入り込んでいるとのこと。

トカラ列島ではトカラヤギという野生化したヤギが増えすぎており、
作物に深刻な被害を与える要因になっている。
試験的に植えたランの芽など一つ残らず食べられたこともあると言われた。

そんなヤギが農地を囲った柵を突き抜けて侵入していたのだ。
「ヤギ捕まえたことあるか?」と言われ、戸惑いながらも急遽ヤギを追いかけることに。
しかしヤギの捕まえ方など知らないので、とりあえず言われるがまま挟み撃ちになるように走り回る。
結局、2頭のうち1頭をTさんが見事に生け捕りにした。

それほど獰猛ではないため角をつかんでいれば逃がさずにすむようだ。
「今夜の食事はヤギ汁かなぁ、あまり好きではないんだけど。」
などと考えながらTさんがロープを取って戻ってくるまでヤギを押さえつける。

なんて島だ。と思い、日本にもこんな場所があるのだと衝撃を受ける。
結果的にヤギは他の人に渡されたが、もらった人はやはり食べるつもりとのこと。

Tさんはヤギが増えすぎて困ってはいるが、相手にも生きる権利はある。共生していきたい。と語っていた。
とはいってもある程度は捕まえなければ本当に島はヤギだらけになってしまう。
トカラのある無人島ではヤギやシカが増えすぎて貴重な生態系を破壊しつつある。
中之島では時々ヤギを捕まえているので比較的バランスのとれた島だと感じた。

 ここでトカラヤギについて詳しく説明してみよう。
このヤギは名前に「トカラ」とつくように、トカラ列島固有の亜種である。
純粋なトカラヤギは三毛猫のような毛色をしているらしいが、
現在ではザーネン種との交雑が進み、純粋なトカラヤギは存在しない。

元来は食用として利用されていたのだが、時代の流れと共に食べられなくなり、
結果として牧場から逃げ出したヤギが野放しにされている。
ヤギの場合はどんな島でも食べるのに困ることはないし、
天敵もいないため、すき放題に増殖しているというわけだ。

トカラの農業ではまずヤギの食害を考慮しなければならない。
今も昔も、学者がヤギの有用利用について考えてはいるが現段階では最良の利用方法は見つかっていない。
このまま利用価値が見出されないようならば、
本州で行われているクマの有害駆除や「お仕置き」に準じた方策がとられなければならないと感じる。

(つづく)