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懲りずにトカラに行きました(15) -沢登り-

-沢登り-

南の島の沢は生命にあふれている。
沢が流れていなければとても森の中を歩くことなんでできそうもない。


 ジャングルの真っ只中にいるという感覚だった。
空はいかにも南国らしくたくさんの木の葉でおおわれていて、
その下にいると空は明るいのに薄暗い。
そしてその木の影の下にはさらさらと透き通った水が流れていた。

木性シダ、ガジュマル、名前のわからない大きな樹。
それらにまとわりついているオオタニワタリや苔。
小さな島の小さな沢かと思っていたが、そこには思いのほか豊富な水が流れていた。

 「宮川」。中之島を流れている“川”とよべる沢のひとつだ。
集落の近くを流れるこの川は「西集落」と「東集落」を分かつ境界でもあり、
おそらく島民にとっては海の次に馴染み深い水だろう。

 ぼくはその水をたどって「ウエの集落」である「高尾」まで行こうと思っていた。
天気は良くもなければ悪くもない。そいってもこれだけ木におおわれた沢に入ってしまえば
雨が降っていない限り天気の良し悪しは関係なかった。

ただ、薄暗い森の中に突如として空に穴が空いている場所に出会ったときのことを考えると、
太陽が出ているのに越したことはない。
森の天井に空いた穴から降り注ぐ光の束は沢の中で見られる光景のなかでも一際美しいからだ。

今回の遡行でも運良くその光景に出会うことができたが、それが見られるのは珍しいことだった。
つまり、天気は良くも悪くもなかったが、時々とても良くなった。

濃い緑と白い水のコントラストはとても爽快。

 ぼくがこの沢に興味を持ったのは今回が初めてのことではない。
普段本州で沢登りばかりしている人間にとって
出かけた先にある沢が気になるのは特別なことではないと思う。

ぼくに関しては時にどんな目的で行った場所であれ、
そこに沢が流れていればとりあえず地形図とにらめっこをする。
だから、この宮川にはいつか登ってみようと思っていた。

 しかし、そのスケールの小ささからわざわざ時間を割く気になれないでいたのだ。
それでも登ってみようと思ったのは、ちょっとした出来事がきっかけだった。

それは、この遡行の数日前に中之島で毎回お世話になっている農家の方と晩酌をしていた時のこと。
単純に宮川のおもしろさと、上り詰めた先に何があるかを耳に挟んだからだ。

島にある一番高い山には登った。それでは沢にも登ってみよう。
そう短絡に思ったぼくは天気が安定するのを待ち、
そして違う用事で宮川の前を通った時に急に沢に登りたくなってしまって登っているというわけだ。
実に考えているようであって、実際はかなり気まぐれだった。

 中之島はトカラの島々のなかでは最も大きく、水の量も最も豊富だ。
小さな離島において直面する難題のひとつは水の確保。
だが、この島に関してはそれに頭を悩ませる必要はなかった。

今でも沢の水を自宅に直接引いている家も多く、それがそのまま使えるほどにこの島の水はきれいだった。
その水は空から降り注いだ雨が沢に注ぎ込むことで大量の水となり海になる。
その沢が出来上がる過程を海岸線間近から見ることができるのは離島の沢ならでは。

人々がこの島で暮らし始めてからおそらくずっと人々の喉を潤し、
作物や大きな植物を育て上げてきた沢の流れはどのようになっているのだろうか。

 ぼくは思い切って自分にとって全くの未知である沢のなかに足を踏み入れた。
思いのほか温かい感触。
<これが南の島の沢の温度か>
ぼくは新鮮な気持ちで沢を登り始めた。

(つづく)

撮影機材:OLYMPUS E-3 + ZUIKO Digital ED 12-60mm f 2.8-4.0 SWD