南アルプス・サバイバル登山(2)
(2) 9月3日
活動初日の朝、空はくもっているが、これから峠を越えていくのを考えると、丁度いい天気かもしれない。
計画の段階では今夜のビバークポイントは伝付峠なのだが、今日からサバイバル生活が始まることを考えると、なんとしてでも沢に入っておきたかったので、多少スピードを上げて進んでいった。
出発して1時間ほどでようやく山道に入り、沢の美しい風景を眺めながらの登山となった。
内河内川は今回は遡行しないが、登山道から見るそれはとても青く美しい。
奥秩父や上信越の沢の色は透き通ったエメラルドグリーンなのに、ここの沢はなぜ青い色をしているのだろうか。まあ、どちらにせよ綺麗なことは確かだ。
次第に空にも青色が広がってきて、期待のできる天気になってきた。
途中、靴を脱いで渡渉する場面もあり、整備されていない木道や、崩れかかった橋など、いかにも南アルプスらしい雰囲気を感じる道であった。
峠に向かって尾根を登り始めるまでは何度か沢を渡る。
すっきり晴れた空の下に涼しげに流れる沢水。そして深い森。
きらきらと輝く沢の水をコップにすくって一休みする時の心地よさはこんなところでしか味わえない。
尾根に入り始める前の沢で顔を洗い、清々しい気持ちになった後、いよいよ峠まで一気に登っていく。
左思ったよりも早く峠にたどり着いたので、湧水を味わい、祠の前に置かれている汚れた自費出版らしい本をぱらぱらめくり、今日の釣りの餌にするバッタを追いかける。
30分ほど過ごした後、ぼくらは今度は一気に峠を下り始める。
コースタイムは1時間。荷物は20kgオーバー。それでも目標1時間を目指して一所懸命下っていく。
一瞬、木々の隙間から青々とした大井川の流れが見えた。
そして、ぴったり1時間後。ぼくらは急に人工物のなかに飛び出した。
二軒小屋にたどり着いたのは13時45分。あまりにも時間に余裕があるではないか。
今日はこの後大井川に入渓してビバークポイントを探すだけだ。釣りを楽しむ時間も十分にある。
二軒小屋からさらに続く林道を歩き、15時30分。心地よい河原を見つけ、ビバークポイントとした。
焚き木を集め、タープを張り、釣りを始める。一向に釣り針にアタリはない。
Y隊員は去年朝日連峰の小屋のおじさんに教えてもらったイワナのワナを一所懸命に作っている。果たして釣果はあるだろうか。
N隊員とY隊員が下流でポイントを探している間、ぼくは上流部の向かい側にあるトロ場を目指して水と格闘をくり返していた。
想像を絶する水量と水深。なかなか渡渉できない。
というか、渡渉をしようとする度に命の危険を感じる。
うーん。これは仕方ない。
N隊員を手招きしてスクラムを組んでみる。それでも流されそうになってしまう。
残念。
諦め、山菜摘みでも始めることにした。
この日の晩ご飯はフキとウワバミソウのみそ汁と、ヨモギご飯となった。
酒はOBに頂いた日本酒を早速飲むことにするが、あっという間になくなってしまい、焼酎を飲み始める。
これは後輩にもらった寸志だ。芋焼酎でけっこうおいしかった。
そんな風に焚き火を眺めながら酒を飲み、ではツマミにテンプラでも作るか、という段になってぼくらは異常事態に気づいた。
羽アリが大発生していたのだ。
原因はよくわからないが、焚き火の下にちょうどアリさんの大帝国があったらしい。
コッフェル(ナベのこと)やメンツ(お椀のこと)、コップに次々にアリが飛び込んでは勝手に死んでいく。
これはかなわない。と思い、今夜のテンプラはお預け。急いで明日のご飯を炊き、おにぎりを作った。
翌日、おにぎりには何匹かの羽アリが混入していた。魚のトラップにも、なにもひっかかっていなかった。
(つづく)