トカラ列島という日本

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 私たちが暮らしている日本には、
限られた人にしか見ることのできない横顔が想像以上にたくさん隠されている。
たとえば、トカラ列島もその一つだ。
「トカラ」と聞いて、人々は何を連想するだろう。
おそらく、どこか遠い異国というイメージを持つのではないだろうか。
しかし、トカラ列島とは紛れもない日本の地名である。
鹿児島県の屋久島と奄美大島の間に連なる12の小さなちいさな島々のことをこう呼ぶのだ。

 私は2007年の春にひょんなことからこの列島のうち、「宝島」と「中之島」という島を訪れた。
この列島は全体を十島村というのだが、その人口はわずか600人余(有人島全7島合計)で、
一番人口の多い中之島でも150人ほど、最も小さな小宝島にいたっては40人ほどという数字である。
更に、列島へのアクセスは週2便(月曜日と金曜日)のフェリーのみに限られているという、
まさしく真の離島である。

 真夜中に鹿児島港を出港した「フェリーとしま」は、翌日の7時頃、中之島へ着岸した。
通船作業を行うのは島の人々である。作業が終わったらフェリーはすぐに次の島へと向かう。
人間の運搬などは「ついで」であり、第一に生活のためのフェリーである、ということがよくわかった。
この時私を一日だけ居候させてくれたTさんの家は島の高原に家を構えていた。
この島には3つの集落があり、海岸に2集落、そして標高250mほどの高原に1集落ある。

 コバルトブルーの海、ジャングル、山(979m)、温泉、
そしてトカラウマ(天然記念物)の駆ける高原のあるこの島は、狭いながらも素晴らしい自然を秘めている。
この日、Tさんにはドラム缶に詰めたガソリンの配達(島にガソリンスタンドはない)や、パパイヤの収穫、
ワラビ摘み、さらには野生のトカラヤギ(固有種)の捕獲まで手伝わされ、
都市部とはかけ離れた作業と時間の流れを味わうこととなった。

 Tさんは農家なのだが、畑といっても自然に同化しているような半自然的な畑も持っているし、
防風ネットを張り巡らせたきれいな畑も持っている。
そして山菜やキノコを採り、時にはヤギを捕まえ、通船作業やゴミ収集・焼却などの仕事も行っている。
コンビニも食堂もない離島で生きるための知恵をたくさん持っているのだ。
もちろんこうした生活を送っているのはTさんだけではなく、大部分の島民も同様である。
人口流出・高齢化・産業不足…。他の農村と同様の問題に頭を抱えている離島である。
生活は厳しい。
しかし、現在でも隔世の感のあるこの島々は、古くもそうであったがゆえに、独特の自然と文化を育んできた。
七島正月、悪石島の仮面神ボゼなどである。

 また、トカラは温帯から亜熱帯へと気候の移行する地点に位置し、
文化的にもヤマト(本土)と琉球(沖縄)、更には東南アジアとの交流点でもあった。
現在も、過去も、この島々にはユニークな自然と文化が継承されているのである。

 環境や農への関心が高まっている昨今、
今まで目を向けられなかった伝統文化や伝統料理(スローライフ・スローフード)にも
人々の目が集まるようになってきた。
トカラ列島は先述のような特異性を持ちながらも、知名度が極めて低い地域である。
このことは、未だに掘り起こされていない伝統作物や伝統文化を秘めている可能性を意味している。

 そして、強い海流に挟まれ、台風の襲撃に耐えてきたトカラ列島の人々が持つ知恵は、
私たちのこれからの生き方にヒントと疑問を投げかけてくれる。
今の時代だからこそ輝く、トカラ列島の価値がそこにみえる。
日本にもそんな場所があるのだ。限られた人にしか見ることのできない、そんな場所はまだまだある。

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