トカラ列島・中之島紀行記(1)
このブログでもすでに何度か紹介している「トカラ列島」。
今でこそ「知る人ぞ知る」離島ですが、実は、来年の夏には世界中で有名になります。
というのも、今世紀最大の皆既日食が観測できる、最高のスポットだからです。
そんなトカラ列島とぼくが初めて出会ったのは去年の春のこと。
初めてトカラ列島の中之島を訪ねたときに書いた紀行文を、
何回かに分けて掲載しようと思います。
(1)
鹿児島県十島村。
それは奄美大島と屋久島の間に点在し、
トカラ(吐?喇)列島と呼ばれる大小7つの有人島からなる離島の村である。
知名度は極めて低く、アクセスは鹿児島と名瀬から週に各2便ずつ出航するフェリーのみ。
そのフェリーも天候が悪ければ簡単に欠航となるうえ、
鹿児島から最も近い口之島まで行くのにも海上で一泊しなければならない。
まさに秘境の名をほしいままにするかのような村である。
そんな村の中心地、それが中之島だ。
中心地といってもそこは小さなちいさなトカラ列島の一部に過ぎない。
人口・面積ともに一番ではあるが、人口は180人程度、面積は34k?、周囲も32kmしかない。
では一体、そのような地域での生活とはどのようなものなのだろうか。
この紀行記では、
私を1日だけ「手伝い」として受け入れてくださった一島民の方と過ごした一日を紹介すると共に、
この島に秘められた可能性と課題を示したいと思う。
なお、記述した内容は主に平成19年3月17日から18日の間に現地で実際に見たもの、
聞いたことを元にしたものであるため、中には間違いも有り得ることをご了承ください。
◆
3月16日の23時50分に鹿児島港を出航した「フェリーとしま」は
翌朝7時頃に中之島港に着岸した。
私を受け入れてくださる方とはお互い面識はない。
鹿児島市内のNPOの方に紹介された手がかりは
「Tさんという方が船の荷降ろし作業(通船)に来ているはずだから、港で会えるだろう」
ということだけだった。
普通ならば名前と共に携帯電話の番号も教えてもらうところだが、トカラにある電波はNTTのみ。
私のauの電話では電話番号を知っていたところで連絡のとりようもなかった。
そこで下船した私は十島村唯一の警察官にTさんを
紹介してもらい、そこで無事に出会うことができた。
中肉中背よりやや小柄で、立派な口ひげをたくわえた50代の方がTさんであった。
3月といえば他の南西諸島同様、トカラ列島にもぐずついた天気が続きやすい。
この日も中之島の空はどんよりとしており、雨が降っていた。
外にいると濡れてしまうので、Tさんの作業が終わるまで先に軽トラの中で待機する。
小さな村ではフェリーからの物資を運送する専門家などいないので、
フェリーの来る日はTさんのように島民が大勢手伝いに来て、
普段は人気のない港にも活気があふれる。
巨大なフェリーを係留するのも農家の人だったり、漁家の人だったりするのだ。
フェリーは荷降ろしの終了と同時に出航。
いつ来るのかもいつ出るのかも時刻表通りではない。
まさに生活のための船であり、決して観光客のためのものではないという印象だ。
フェリーが汽笛を上げる頃にようやくTさんと改めて挨拶。
途中で知り合いと話し込んだり(といっても島民全員が知り合いだが)、
役所に行ったりしながら家へと向かう。
それにしてもこの島、港から見ると海辺にしか人は住めそうにないのに、
車はどんどんと山の中へと走っていく。
道路の脇にはジャングルが広がっている。
一体どんなところに住んでいるのだろうか。
不思議に思いながら車に揺られていく。
そして山を登って10分もしないうちに開けた場所に出た。
なんとそこには小さな島の中とは思えない高原が広がっていたのだ。
真に水色を湛える海に浮かぶ島の中、
その高原に放牧されているトカラ馬(天然記念物)や黒毛牛、
そしてかすかに噴煙を上げる列島最高峰の御岳(979m)に手付かずのジャングル。
なんと美しい島なのだろう。
私は一目でこの島に惚れ込んでしまった。
(つづく)