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南アルプス・サバイバル登山(3)

(3) 9月4日

昨日ビバークした場所からさらに奥に続く登山道を進んでいく。

地形図には右岸、左岸ともに登山道が記されているが、どう見ても左岸には登山道が見つからない。

どちらかの道が荒廃しているという情報だけは持っていたので、左岸の道がなくなっているのだろう。

と思いながら進んで行った。

やがて、右岸についていた道は上り坂となり、ジグザグと斜面を縫うようになってくる。

結構登る。

おかしい。

地形図ではそろそろ川に沿って進んでいくようになっているのに…。

と、その時N隊員は異変に気がついた。

今登っている尾根は、マンノー沢ノ頭という山へ向かっている尾根である、と。

なんということだろう。

地形図にその道は記されていないものの、明らかに地形を観察するとその山へ続いていることがわかる。

では、逆の左岸に道がついていたのだろうか。

もし、左岸に道があるのだとすると、途中で対岸までぶら下がっているボロボロの橋を渡っていくということになる。

それもまた、おかしい。

しかし、それ以外には考えられなかった。

仕方なく今まで登ってきた道を引き返し、分かりづらい分岐から上の方に行き、
そのボロボロの橋の入り口まで進んで行った。

先に着いていたY隊員が首を横に振る。

「ムリっす。」

確かに、その橋は人が通れるようなような状況ではなかった。

最初の一歩めから橋の底が抜けるのはほぼ確定的だろう。

地上から10m以上の場所にぶらさがっているその橋は細いワイヤーの上に腐りかけの木の板がかろうじて乗っているだけという状態になっていた。

とても恐ろしくて渡る気にはなれない。

では、どうやってこの先、この川を進んでいけばいいのだろうか。

むろん、ここから遡行を始めても構わないのだが、昨日スクラムを組んで渡渉した時のことを考えると、できるだけ登山道を通って奥の方まで行きたいと思ってしまう。

まだまだ遡行開始には適さない場所なのだ。

しばらく考え込んだが、よく考えると登山道ではないものの、左岸にはしっかりと舗装された林道が通っている。

もしかして、ここを進めばいいのではないか?

そう思い、結局ビバークポイントも通り過ぎて林道まで引き返し、そこから左岸の林道を歩いていくことにした。

林道は歩きよい。

途中で例のボロ橋の対岸地点を通ったが、いったい、あの橋の行き先はどうなっていたのか。

林道から観察する限り、絶壁につながっているようにしか思えなかった。

廃道。

なんとも切ないものだなあ。

やがて地形図通りに発電所が現れ、その先に登山道への入り口があった。

登山道といっても、昔は車が通れた林道である。ここが荒廃している。

時折今でも車が通れるのではないかと思われるほどきれいな場所もあれば、
本当に林道があったのか、と思ってしまうほど荒れている場所も通っていく。

だがしかし、一番に林道の面影を残していたのはヤブの中に佇んでいたカーブミラーである。

いまでもそのカーブミラーは曇ることなく、対向車ならぬ対向者を写せるようになっていた。

このカーブミラーの存在が明確にこの場所に車道があったのだということを示していた。

登山道に入ってしばらくした場所で支流が涼しげに落ちていたので一本をとることにすると、やがて3人組の中年釣り師と出会った。

小西俣の方まで足を伸ばしてみる、との話だったが、お互い釣りをする予定なので場所がかち合わないように相談し、彼らは悪沢の付近までいってキャンプを張ることにする、と言ってくれた。

静かな沢が好きなぼくとしては他パーティーと同じビバークポイントになるのは
一番避けたいことだったので大いに助かった。

彼らは地形図すら持っていなかったので、ぼくらは彼らに目的地までの距離を、
彼らはぼくらにこの辺の釣果の情報をそれぞれ簡単に交換し、お互いの無事を祈り合って別れた。

道は次第に沢に近づいていき、風景は人工的なものがかすかに感じられる場所や、すでに原始へと還った場所に次々に移り変わっていく。

歩きよい道。ヤブの道。道なき道に、大崩壊地。

ぼくらの横にはこれから塩見岳へと続く大きな川がとうとうと流れている。
いかにも山奥へと旅をしている雰囲気が全身を覆っていく。

時折みせる迫力のある峰は塩見だろうか。いや、まだまだ見えないはず。しかし、名のある山には違いない。

そんなことを考えながら、原始へと還りつつある廃道をひたすら歩いて行った。

(つづく)