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南アルプス・サバイバル登山(10・最終章)

最初にお断りしておきますが、今回は写真は一切ありません。

そのため、文章ばかり長くて疲れてしまうかもしれませんが、この時は、もう必死で、写真を撮る余裕がなかったのです。

ですが、長々と続いた南アルプス編も今回で最後ですので、どうぞ目を通してみてください。

なぜなら、雨が激しすぎたのだ。

計画始まって以来の雨でぼくらの体はびしょびしょになった。

今までも雨が降りそうな日はしょっちゅうあったが、ついに降ってしまったという感じだった。

やがて雨は弱まり始めたが、そうかと思うとまたすぐに雨が降り出す。ぼくらは黙って歩き続けた。

道はもう平坦だ。それだけが救いだった。さすがにN隊員のスピードも上がっている。

なにもないつまらない道だった。ときどき人工物があって、なぜか長靴が捨ててあった。

そして大雨のなか、ぼくらはついに三峰川までたどり着き、ガードレールの白い色を見つけた。

本当に久しぶりのアスファルトだ。急いで林道まで上がる。ここからは20kmを越える林道歩きが待っている。

正直休みたかったが、休む場所もなかった。どこにいても雨に打たれてしまった。

川は増水し、水は十分に濁っている。

こんな状況で泊まれる場所は林道上しかないし、まさかそんなところで寝るわけにはいかなかった。

やはり、歩いていくしかない。隊員の士気は無駄に高かった。意を決してぼくらは林道での一歩を踏み出した。

あとは淡々とした道だ。車でも通ればな、とは思うが、通るわけはなかった。雨のそぼ降る中をじっと歩いていく。これほど辛いことはなかった。

それに20kmといえば、歩きで5時間以上もかかる。やってられるか、という距離だ。

しかもその数字も正確ではない。計画に行く前のエスケープルートとして道路地図で適当に測った距離だ。そこから先に電波があるはず、という話しかきいていなかった。

林道は雨でじゅっしょりとしていた。と、そこにぼくは白いものを見つけた。

キノコだ! 

明らかにこれはブナハリタケ。

これも傘の裏のヒダが針状という特殊な形をしている。

なんでみんなこんな目立つ場所なのに採ってないのか?

と思ってしまったが、普通、こんなとこ歩かないと思う。だって車入れるんだもん。

とにかく、キノコに関しては豊富だった。

だが、もう下山を決めているのにあってもちょっと虚しかった。もし、山の中で食べなかったら完璧に資源の無駄使いだ。

しかもぼくらは水をほとんど持っていなかった。沢の水がすっかり濁っていたからだ。どこかで水が欲しかった。支流を探しながらぼくらは歩いて行った。

たまに車が置いてあったり、工事の小屋があったりした。ぼくらには食料はほとんどないし、体も疲れ切っていた。はっきりいって遭難者に近い状態だったと思う。

だからそういったものを見かけると真っ先に人がいないか確かめたのだが、人がいた試しはなかった。

道の途中には工事現場が何か所かあった。雨はまだ降り続いている。

そして有名な巫女淵という地点までやってきて、どれくらい進んだかを知る。途中になにか数字が書いてある棒があって、それが距離を表していることもわかっていたが、道路脇にある地図にはっきりと場所が書いてある巫女淵まで来ると実感が違う。

地図上で人家までだいたいどれくらいか視覚的に見ることができたからだ。が、かなり遠いことも同時にわかった。

巫女淵は結構大きな石灰岩の淵だったが、思ったほど迫力があるものではなかった。

そんなことよりも巫女淵の近くの石灰岩から湧き出ている水が嬉しくて仕方なかった。

しかも名のある水だった。

--名前は忘れてしまったが--

ここで多めに水を汲み、ようやく安心することができた。

ぼくのポリタンクは4リットルだったので仕舞うのが面倒で手に持って歩いていった。4キロは結構重かった。

一般車両が通れなくなるゲートまでたどり着き、ぼくらは夕飯を食べることにした。

もう雨はやんでいた。

キノコを入れて炊き込みご飯を炊く。

これが最後の食事となるだろう。ここで体力をつけて一気に里まで行こう、という作戦だった。

今まで出し渋っていた様々なお楽しみが登場した。チーズやせんべいなど、普通の食べ物が出された。それも食べ、すっかり体力を回復してからまた歩くことにした。

距離を示している棒が、道の途中にある。その数字を見て、次は○kmになったら休もう。と決めて歩いていく。

やがて日は暮れ、ヘッドライトを点けての歩行となった。空には溢れんばかりの星屑が散りばめられていた。昼間の大雨など夢のようだった。

ぼくらは疲れをごまかすためにひたすら喋りつづけながら歩いていたが、時折会話が途絶えると今度は騒々しいほどの虫の音が聞こえてきた。何の虫だかはさっぱりわからない。それくらいに多種多様な鳴き声でぼくらは埋め尽くされた。空も、地上もずいぶん賑やかだった。

限界が近づき

「車でも通らないかな、通ったらここからどれくらいで町に出られるのか聞いてみよう。」

とずっと思いながら歩いていた。

その時、道の先から白い光が見えた。

なんだろう? 街灯だろうか? と思っていると、その光は近づいてきていた。

車だったのだ。

歩きつづけて何時間が経過したのだろうか。ついにぼくたちは下界の人に会うことができるのだ!

ぼくたちは興奮した。そして、車を止めるためにヘッドライトを振りかざして存在をアピールした。

すると、少し手前で車は何かを考えるかのように立ち止まり、そして、また走り出してきた。

そして…

車はスピードを上げて無言でぼくらの前を通り抜けていってしまった…。

愕然とし、その場に立ちすくんだ。

しばらくは「なんだよ、チクショー!」などとYと文句を言いながら歩いていたが、よくよく考えてみたら深夜の林道に人がいたら幽霊だと思うよなあ。と妙に納得した。

が、そんなことより深夜に山に入っていく車もずいぶん怪しい。あっちこそ亡霊だったのかもしれない。

そこから更にぼくらは歩き続けた。会話はだんだん減っていったが、相変わらず星はきれいだし、虫のオーケストラも見事なものだった。

ぼくらはひたすら歩き続けた。もう、自動的に足が動いているような情況だ。

立ち止まるわけにもいかないし、かといってこれ以上歩きたくもなかったが、仕方なく足を動かしつづけた。

一番つらいのはN隊員だった。もはや杖を握る握力さえ鈍っているらしく、時々その杖を落としていた。

また、それをとるのにも難儀していた。だったらとってあげればよかったのだが、そんなことはできない。

だって、その動きがおもしろすぎるから。

彼はその杖をもう12時間くらいは握り続けていたと思う。朝6時ころには出発して、それから何度か杖を代えていたが、今の杖が一番いいらしい。ちなみにそれはぼくが見つくろったものだった。

杖もずいぶん疲れていて、地面に当たる部分はすっかり丸みを帯びていた。上等な杖になりつつあった。

そして、ようやく距離を示す数字が残り1kmになった。

やった。あと1kmだ!

そう思って、ぼくらはまた元気を出した。

が、いつまでたっても林道を出る気配がない。

すると、目の前に棒が現れた。

そこには4kmと書かれていた。

なんてこった。ドッキリかよ! ガックリきた。

もう、今までの信用が一気になくなった感じだった。

そこから先は疑心暗鬼だった。もう数字なんて信じられない。そう思って携帯電話の電波確認の頻度を上げて歩いていった。

もちろん、電波はいっこうに通じなかった。

--ちなみに3人とも異なる電話会社だったのが後に救いの女神となる。

新しい標識も着々と数字を減らしていっていた。

そして、もう一度1kmの数字が現れた。今度こそ…!

すると、その先には明るい街灯があった。いや、明るくはなかったかもしれない。

しかし、ぼくらにとってその街灯は今までの戦いの終わりを確実に意味していた。

終わった…。

ぼくらはそれぞれ携帯電話の電波を確認した。

ドコモの機種だけが電波を持っていた。

すぐに番号問い合わせをして、近くのタクシー会社に連絡をした。あとは駅に行って始発の電車を待つだけだった。

N隊員にはそのまま救急病院に行くという選択肢もあったが、東京に帰ってから診察を受けることになった。

そしてタクシーの運転手からは朝4時ころに新宿行きのバスが出る、という話を聞いた。朝日が登るころ、ぼくらはバスに乗ることにした。

結局、タクシーに乗れる場所まで来たのは真夜中の2時近くだった。およそ18時間ぼくらはぶっ通して歩き続けていた。

「成せば、成る。」

それを心から実感する1日だった。

この判断は賛否両論あるものだっただろう。しかし、ぼくらは無事に帰ってくることができた。

その後、西村隊員は新宿まで迎えに来てくれた恋人と共に一人暮らしの自宅に帰り、今では足を完治して元気に活動をしている。

結局、骨折やらヒビが入ったやらではなく“筋肉が切れている”という症状だったが、それでも恐ろしい。

あの時下山を覚悟せず、活動を続けていたら本当に下山できなくなっていたかもしれない。

--少なくとも自力では。

結果として大学生活最後の沢活動は完全に目的を達成することはできなかった。
南アルプスの“縦断”ではなく“横断”で終わってしまった。

まあ、それでもしっかりサバイバル生活ができたし、楽しかったので十分だろう。

結局、現代人はそう簡単に山で生活することはできないということのようだ。それが残念で悔しい。

(おわり)

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